なぜ日銀はインフレ率2%を目標としているのか

日銀 経済の教室

日銀はインフレ率を2%とする目標を2013年から掲げています。

なぜ日銀はインフレ2%にこだわるのでしょう?

ここではその理由と背景を説明します。

インフレで得をする人と損をする人

ここで職業を3つに分類してみましょう。

  •   投資家
  •   企業家
  •   労働者

投資家は10億円でマンションを一棟買いし、賃貸収入で生きていくことを目指します。
富裕層ですね。

企業家は10億円を銀行から借り入れ新規事業を興します。
事業収益を稼いでいこうとするわけです。

労働者は会社に雇用され給料をもらいます。
給与所得で生きていくわけです。

ここで年100%というインフレが襲います。
物価は二倍となります。

このとき、投資家が購入したのマンションの賃料はすぐには上げられません。
収入は変わらないのに物価が2倍となりますから、インフレで投資家は損をします。

これに対して、企業家が立ち上げた会社は、商品の価格が二倍になりますから、販売数量が変わらないのであれば売上が二倍になります。
借りていた10億円の金額は変わりませんから、相対的に返済が楽になります。
つまり、インフレにより企業家は得をするのです。

労働者を考えてみると、物価は二倍になっていますが、給料が上がるのは少し先です。企業の売上がよくなったからといって、いきなり給料を上げてくれる経営者は稀でしょう。
つまり、インフレで労働者は損をするのです。

このようにインフレの影響は職種によって異なります。

しかしこれは短期の話で、長期的には給料は徐々に上がっていくでしょうし、なかなか上がらないとしても雇用は増えるでしょう。働く人が増えますから賃貸業界も活発化して賃料も上がっていくことになります。

つまり、適度なインフレは長期的には企業家も投資家も労働者も得をするのです。

これが日銀がインフレ率にこだわる理由です。

デフレはすべての人が損をする

ではデフレではダメなのでしょうか?

物価が下がるということは、お店で売っている商品価格が下がることを意味しますから、お得なような気もします。

先ほどの3つの職業について、デフレ版を考えてみましょう。

1年で物価が半分になるというデフレが襲ったとします。

物価は半分となりますが、マンションの賃料は1年とか2年とか契約で決まっています。すぐには賃料は下がりません。
つまりデフレで投資家は得をします。

では企業家はどうでしょう?
モノの価格が半分ということは、販売数量が同じであれば売上が半分になってしまいます。
借りていた10億円はそのままですから、相対的に負担が重くなります。
つまりデフレで企業家は損をします。

これに対して労働者はモノの価格が半分になっているのに、給料はすぐにはさがりません。
給料が下がるのは少し先です。
つまりデフレで労働者は得をするのです。

しかしこれは短期の話で、長期的には給料はやはり下がっていくでしょうし、なにより企業は雇用を減らしていくでしょう。このため賃貸業界も不況となりマンションの賃料も下がっていくことになります。

つまり、デフレは長期的にはすべての人、投資家も、企業家も、労働者も損をするのです。

ハイパーインフレでは全滅

では物価が短期間に何十倍、何百倍、何万倍にもなるハイパーインフレはどうでしょう?

ハイパーインフレが起きると、投資家も企業家も労働者もいくら稼いでも明日にはその価値の意味がなくなる恐れがあります。

ハイパーインフレは貨幣の価値そのものが狂ってしまうので、いくら稼げば今までの生活が保てるのか、そもそも価値としての尺度がなくなってしまいます。

つまり、ハイパーインフレは短期だろうが長期だろうが全員が損をするのです。

だから2%

以上から、適度なインフレこそが望ましいのです。

だから日銀はずっとインフレ率2%にこだわっているわけです。

3%や4%ではなく、なぜ2%なのかは、適度なインフレといえる最低限の数値が2%だからでしょう。

2%の「物価安定の目標」と「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」 : 日本銀行 Bank of Japan

日本銀行『金融政策運営の枠組みのもとでの「物価安定の目標」について(2013年1月22日決定)』

でも失業率も考えないと

しかし経済成長にはインフレだけではなく、失業率も重要です。

インフレを抑えながら、失業率を下げられれば最高です。
しかし、これがなかなかうまく行きません。

失業率が下がると、インフレ率が高まってしまうという関係が信じられてきたからです。

これを「フィリップス曲線」といいます。

フィリップス曲線とは、失業率を下げることと、インフレ率を下げることにはトレードオフの関係があることを示す図です。

トレードオフというのは一方を選択すると、もう一方は諦めるしかなくなることです。

失業率を下げることを目指すなら、インフレ率を下げることを諦める、
逆にインフレ率を下げることを目指すなら、失業率を下がることを諦めるしかない、
これがフィリップス曲線が意味するところです。

このフィリップス曲線は、景気がよくなっているときは、企業は雇用を確保しようとしますから失業率は下がりますが、雇用増がコストの上昇を招き、インフレ上昇を招く、と考えれば理解できるでしょう。

このフィリップス曲線から、多少の物価上昇を許容しても、総需要政策によって雇用を増やし、失業率を下げる政策が有効という、考え方が導かれます。

これが1929年の世界大恐慌時代の「ニューディール政策」として有名な、ケインズ経済学の考え方です。

ある程度のインフレはすべての人が得をしますし、失業率も下げることから、インフレ率2%を日銀が目指すのは、フィリップス曲線から考えてもある意味当たり前なのです。

成り立たなくなったフィリップス曲線

ところが、物価と失業のトレードオフ関係が、1970年からおかしくなってきました。

とくに、2000年以降は失業率が上下しても、インフレ率が全く変わらずないという現象が出ています。

出典:「高校からの統計・データサイエンス活用~上級編~」総務省

総務省|統計制度|統計の調査環境の整備

典型的なフィリップス曲線では、現代のインフレ率と失業率の関係を説明することができないのです。

ここに新しい考え方が出てきます。

インフレになるぞ、と期待させることが重要

ミルトン・フリードマンは、「高いインフレが失業を減らすわけではない」とフィリップス曲線の関係を否定しました。

「物価が上がるかもしれない、という期待が失業率を一時的に下げるんだ」という主張です。

経済学に、「期待」という考え方を初めて採り入れたのはフリードマンです。

なおフリードマンは1960年代からこの主張をしていますから、決して新しい考え方ではありません。

来年インフレ率が今以上に高まるかもしれない、と企業家が考えると、売上増加が見込めますから、生産量をふやすために雇用を増やす計画を立てるでしょう。

この期待が失業率を下げるというわけです。

フリードマンはこれを、
(インフレと失業の)トレードオフは、ごく短期的にしか存在せず、長期的にはその関係は消滅する
と表現しました。

物価が期待通り上がりきってしまえば失業を減らすことはないというのです。

フリードマンの考えに基づいて今を考察すると、
今人々にはインフレ期待がないために、つまり日本の将来に対する期待が暗いため、実際に景気が少しよくなって失業率が下がっても、なかなかインフレにならない
という説明が付きます。

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次はどうなる?

日銀のインフレ率2%はすべての職業の人が得をするために必要です。

ところがフリードマン風に言えばインフレ期待が弱いためになかなかインフレになりません。

このため日銀は国債を買い入れて通貨供給量をどんどん増やしています。

この状況は、1970年代前半の円高による急激なインフレ、1980年代後半のバブル経済の状況に似ているとよく言われます。

これからの日本経済がどうなるか、特に次の3つの指標の意味を理解し、ニュースをウオッチする必要があります。

・通貨供給量

・為替

・消費者物価指数

 

※なおこの記事は「現代経済学の直観的方法」長沼伸一郎著などを参考にしています。



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