最低賃金パラドックス(後編) 最低賃金の上昇は雇用を増やす!?

ファストフードのバイト 経済の教室

この記事は「時給引き上げで失業率が上がる?最低賃金パラドックス(前編)」の続きです。

最低賃金パラドックスとは、最低賃金を法律で引き上げると、逆に雇用(特に若者の雇用)が減ってしまうというパラドックスです。

このため多くの経済学者が最低賃金を法律で決めることに反対しているといいます。

しかし日本を含めて法律で最低賃金を定める国は多くあります。

最低賃金を定めてしまうと雇用が減るのであれば、そんな方法を採用すべきではないのに、なぜでしょう?

それは最低賃金を法律で決めないと、不都合が生じるからです。

バーゲニング・パワー格差

その不都合とは、雇用主である企業と労働者に交渉力の差があるため、自由な市場経済に任せていると賃金(時給)は労働者に酷なほど低くなってしまう、ということです。

この買い手(企業)と売り手(労働者)の交渉力のことを、バーゲニング・パワーといいます。

労働者は雇用されなければ生活できないから弱い立場です。
できる限り雇用されるように労働者は行動しなければならず、企業の言い値で労働供給を差し出さざるを得ません。

したがって企業はなるべく安い価格を提案しようとします。
このことが賃金をどんどん下げる結果をもたらします。

つまり企業と労働者にバーゲニング・パワーの差があるため、賃金が低くなりがちなので、法律でそれを食い止めようというのが最低賃金制度なわけです。

では、やっぱり最低賃金の引き上げは労働者を助けるいいことなのでしょうか?

最低賃金パラドックスさえなければ、いいことだ!、と言い切れるわけですが、このパラドックスを打ち破るような理論や実際の事例はないのでしょうか?

 

新たなパラドックス登場?!

実は、アメリカの研究で、最低賃金により雇用は減らないという調査が存在します。

 

Card &Krueger が発表した実証研究では、最低賃金を引き上げたニュージャージー州と、引き上げのなかったペンシルバニア州との比較を通じて、引き上げたニュージャージー州のファーストフード産業の雇用は、わずかではあるが増加したと発表しました(Card& Krueger (1994))。

最低賃金を引き上げると若者の雇用を奪うどころか、雇用が増えたというのです!

 

一体そんなことがどうして起こるのでしょうか?最低賃金を引き上げると雇用が減るというさきほどのパラドックスはウソだったのでしょうか?

最低賃金の引き上げは雇用を増加させるというロジックは、次のようなことが考えられます。

企業は現状のコストから換算して、これぐらいの利益をあげようと計画します。
たとえばハンバーガーの月間売上目標を立てるわけです。
そして店舗はその利益があげられる最低限の人数を雇うはずです。

ところが最低賃金の引き上げにより計算の土台となるコストが上昇してしまい、当初計画した売上数量では目標利益があげられません。

ここでコスト削減のために人員を削減しては、オペレーションの悪化によりむしろ売上が下がる可能性があります。

そこで企業が選択するのは、むしろ売上目標を当初の数値より上げて、それにより利益が確保できるようにすることです。

では短期的に売上をあげるには、どうすればいいでしょうか?
ITの導入にはそれなりに時間が掛かりますから、今すぐ売上をあげることにはつながりません。

一番早いのは、より多くの商品がさばけるよう雇用を増やすことです。
しかもなるべくコストが安くなるように、入門レベル(非熟練労働者)を最低賃金で雇うのです。

これが、最低賃金の引き上げにより雇用が増える、という新しいパラドックスです。

少し難しい言い方をすれば、最低賃金引き上げによりコストアップに直面した企業は、生産水準を引き上げあげて利益を確保するように動く、ということです。

最低賃金引き上げに賛成?反対?

いったい最低賃金の引き上げは雇用を増やすのか減らすのか、はっきりしてくれ!

と言いたくなりますね。

これについては、いまだに経済学者の間でも見解が分かれています。

最低賃金を法律で引き上げることに対して賛成派と反対派は激しく対立しているのです。
最低賃金パラドックスがどちら(若者の失業率を上げるの下げるのか)に動くがわからないので、最低賃金を上げることに対してお互いの主張が真っ向からぶつかるわけです。

賛成派、つまり最低賃金の引き上げに賛成する人達は、貧しい人達の所得を引き上げる最善の方法だと考えています。

これに対し、反対派、最低賃金を引き上げる必要はないという人達は、次のように反論します。
ファストフード店のバイトといえば10代の若者がメインとなるでしょうが、彼等のほとんどがそのバイトで家計を支えているわけではなく、あからさまに言えば遊ぶお金が欲しくて働いているケースがほとんどです。
そのような対象者の所得を上げるために(雇用を減らす副作用があるかもしれないのに)最低賃金を引き上げる必要があるのか?

ただ、この論争は主にアメリカに関するもので、日本的な事情を考えるともう少し見え方が変わってきます。

日本の問題

日本的な事情をもとにした最低賃金の引き上げについては、説明が長くなりそうなのでここではさっと触れる程度にしておきます。

最大の問題は、日本のパートタイマーは必ずしもティーンエイジャーではなく、夫婦共働きでいくつものパートタイムを掛け持ちして家族の生活を支えている家庭が少なからずあるということです。

特に最低賃金がいまだに低い地方はそうです。

さらにこのパートタイマーの受け皿となっているのが大企業ばかりではなく、生産効率が悪く利益率も極端に低い中小企業がたくさんあることも問題点の一つです。
こういった中小企業は、最低賃金が上がるとそれに応じて売上を増やすことなどできません。場合によってはすぐに赤字に陥り、倒産の危機を迎えます。

最低賃金の引き上げで、働く場所がなくなる可能性があるのです。

 

最低賃金の引き上げとは、これくらい難しい問題をたくさん孕んでいます。

まずはそのことに気づくことからスタートしなければならないのでしょう。

 

今回の記事は主に次の本を参考にしています。

マンキュー入門経済学(第3版)」N・グレゴリー・マンキュー、東洋経済新報社

米国最低賃金引き上げをめぐる論争」明日山陽子、ジェトロ

貧困を救えない国 日本」阿部彩/鈴木大介、PHP新書

コメント

  1. […] さらなるパラドックスが登場します。続きは(後編)で。 […]

  2. […] さらなるパラドックスが登場します。続きは(後編)で。 […]

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